岡嶋裕史「コンピュータvsプロ棋士」の感想

コンピュータVSプロ棋士―名人に勝つ日はいつか (PHP新書)

コンピュータVSプロ棋士―名人に勝つ日はいつか (PHP新書)

チェスプログラムからはじまる歴史から、コンピュータ将棋がどう手を読むかという手法、コンピュータ将棋のこれからなど、コンピュータ将棋に関する知識、知見が一冊でわかりやすく得られ勉強になった。
コンピュータの探索手法の解説では卑近な事例を用いるなどして一般人にもわかるよう配慮がなされていて読みやすい。
とはいえやはりミニマックス戦略、アルファベータ法などの具体的な解説のところでは、自分の頭のせいもあるがちょっと難しく感じた。まあ完全に理解しなくとも、用語を覚えておくだけでも有用だとは思う。

面白かったのは「水平線効果」を解説した章。水平線効果とは本によればコンピュータが嫌な事を先送りする現象のことで、昔の将棋プログラムがよくやった不利な局面でひたすら歩を打って成り捨てたりする現象のこと。コンピュータに意思は無いのでプログラム的な欠陥ということになるのだろうが、合理的な選択をするはずのコンピュータが、無意味かつ不合理な振る舞いを見せるというのはなにやら奥深いものを感じてしまった。



最終7章はまとめとしてコンピュータ将棋の未来が予想されている。電王戦を通過した今読むとまた違った面白さが見える。

この本が書かれたのは2010年12月で、清水VSあから戦が本書のメイン。清水女流は正々堂々と戦ったが、コンピュータの局面評価は未知の局面に対してまだ不安定であり、その弱点をつかれた場合に備えた大局観の実装などが求められる、という章の中でこう書かれている。

そうでなければ、たとえばプロがなりふりかまわずに、将棋ソフトに対するはめ手を用いてきたときに、まったく対処ができなくなる。今後対戦することになるであろう棋士たちのすべてが、清水女流のように優しい人ばかりというわけではない。
本書 P188

電王戦の△6二玉を予見したかのような文章が読める。あの対局ではボンクラーズは勝ったが、嵌められていてもおかしくはなかった。棋士は優しくないわけだが、それだけボンクラーズが強かったということを意味しているわけで、正直自分はまだあの将棋に驚いている。著者の岡嶋氏は今回の電王戦をどのように見たのだろうか。

将棋ソフトの進化の先に起こり得る事として、人間がコンピュータと組んで指すアドバンスド将棋がとりあげられ、強くなったコンピュータと人間の共存の可能性が示されるが、逆にそれは人間の対局に負の影響を及ぼす可能性もはらんでいる。

 ただ、人間同士の勝負にいくつかの制約が導入されることは避けられないと思われる。たとえばチェスでは、複数日にまたがる対局はなくなった。もちろん「ソフト指し」を事実上禁止するための措置である。
本書 P192

ソフト指し対策のために2日制タイトルマッチが無くなるかもしれない・・・これはちょっと残念な気がする。でも起こりえないとは言えない話だ。著者はテクノロジーの発展により伝統が失われていくことも許容していくべきではないかと書いているが、なんとも味気ない世界・・・と言え無くもない。


それにしてもどこまでコンピュータは強くなるのか、もしかしたらもう棋力というか読みの力では名人を超えているのかもしれない。人間が対抗できるのは大局観などの部分だろうか、はめ手など使わずともぎりぎりまだ人間側が残していると思いたいが果たして・・・
俗な自分にはまだ人間との勝負の決着のほうに興味があるのだけど、コンピュータ将棋の本当の役割は対決の後、どのように活用されていくかなんだろうなあ。なんだかよくわからないがそんなことも考えた本でした。